薄毛が進むと、どこかで一回は考えると思うんです。
「いっそ坊主にしちゃおうか」って。
隠すのに疲れて、いっそスパッと短くして、堂々としたほうがラクなんじゃないか。僕も、何度かその考えがよぎりました。
でも、結局しなかった。今日は、その話をします。坊主にしなかった理由と、でも坊主を選ぶ人も全然アリだと思ってる、という話です。
「坊主にすればラクかも」と思った時期
薄毛を隠そうとしてた頃って、けっこう消耗するんですよね。
前髪の下ろし方を工夫したり、風の強い日にビクビクしたり、集合写真で立ち位置を計算したり。隠すって、地味に労力がいる。
その労力に疲れたとき、ふっと思うんです。「全部やめて坊主にしたら、この悩みから解放されるんじゃ」って。
実際、坊主って潔いじゃないですか。隠すものがなくなれば、隠す苦労もなくなる。薄毛を気にしてる人にとって、坊主は「降参」であり「解放」でもある。そんな選択肢として、ずっと頭の片隅にありました。
でも、僕は坊主にしなかった
じゃあ、なんでしなかったのか。
理由はシンプルで、僕はまだ髪を諦めたくなかったんです。
坊主にするって、僕の中では「守るのをやめる」ことに近くて。もちろん坊主が悪いわけじゃない。ただ、僕個人の気持ちとして、「まだやれることがあるのに、ここで手放すのは違うな」と思った。
ちょうどその頃、治療を続けてて、髪もそれなりに保ててた。パーマをかけて、薄毛でもスタイリングを楽しむ方向を見つけてた。(この話は「薄毛でもパーマかけてます」に書きました)
「隠す」んじゃなくて「活かす」方向に切り替えられたら、坊主にする必要がなくなったんですよね。髪があることで楽しめることが、まだあった。だから、残す道を選んだ。
僕にとっては、これが合ってた。ただそれだけの話です。
坊主を選ぶ人も、全然アリだと思う
ここは、はっきり書いておきたくて。
僕は坊主にしなかったけど、坊主を選ぶ人を「諦めた人」だとは、まったく思ってません。
むしろ、逆かもしれない。
薄毛を隠すのをやめて、坊主で堂々としてる人って、すごくかっこいいなと思うんです。あれはあれで、ひとつの答えの出し方で。隠すことに労力を使うより、自分のスタイルとして受け入れて前を向く。立派な選択だなと。
Xを見てても、60代くらいの人が「今は坊主が一番心地いい。治療するか受け入れるか、正解は人それぞれ」って書いてて。すごくいい言葉だなと思いました。達観してるというか、地に足がついてる。
治療して残すのも正解。受け入れて坊主にするのも正解。どっちが上とか下とかじゃない。自分がラクでいられるほうを選べばいい。それだけなんですよね。
大事なのは「自分で選んだかどうか」かなと
いろいろ考えて、僕なりにたどり着いたのが、これで。
坊主にするかどうかより、「自分で納得して選んだかどうか」のほうが、たぶん大事なんです。
なんとなく諦めて、投げやりに坊主にするのと、いろいろ考えた上で「坊主が一番いい」と選ぶのとでは、同じ坊主でも全然違う。前者はモヤモヤが残るけど、後者はスッキリしてる。
治療も同じで。周りに流されてなんとなく続けるより、「僕はこうしたいから続ける」と選んだほうが、気持ちが強い。
だから、坊主か治療かで迷ってる人に僕が言えるのは、「どっちでもいいから、自分で選んでほしい」ということ。人に決めてもらうんじゃなくて、自分の頭のことを、自分で決める。それが一番、後悔が少ないと思うので。
迷ってる人へ
もし今、「隠すのに疲れたし、坊主にしようかな」って迷ってる人がいたら。
それは、全然アリな選択です。誰にも笑われることじゃない。
ただ、ひとつだけ。もし心のどこかで「本当はまだ髪を残したい」って気持ちがあるなら、坊主にする前に、一回だけ確認してみてもいいかもしれません。今どういう状態で、まだやれることがあるのかどうか。
それを知った上で「やっぱり坊主がいい」と思うなら、それは納得の坊主です。逆に「まだ残せるなら残したい」と思うなら、その道もある。今はオンラインの無料カウンセリングもあるので、決める前の材料集めとして気軽に使えます。
僕は残す道を選んだけど、それが全員の正解だとは思ってません。あなたの正解は、あなたが決めればいい。
坊主にしても、しなくても。自分で選んだ頭なら、それでいいんです。
