抜け毛の本数を数えていた時期があります。
排水口の毛をつまんで並べて、今日は多い、今日は少ない。あれをやっているあいだ、僕はずっと量のことしか考えていませんでした。
今は、見方が変わりました。数えるのをやめて、質のほうを見るようになった。
そう気づいたきっかけと、実際に何を見ているかを書いておきます。
昔は、本数ばかり数えていた
治療を始めたころは、とにかく本数でした。
シャンプーのあと、排水口に溜まった毛を見る。ドライヤーのあと、床に落ちた毛を見る。枕を確認する。多いと感じた日は、それだけで一日が沈む。
数えても何にもならないのは、頭ではわかっていました。それでも数えてしまう。
やめようと思ってやめられるものでもなくて。洗面所に立つたび、目が勝手に排水口を探しにいく。あれは癖みたいなものでした。
前に、周りから「抜け毛減ったね」と言われたことを書きました(周りが先に気づいた記録)。あのとき調べていて、効果を見るなら本数だけで判断しないほうがいい、と書かれているのを見つけました。髪の太さや密度のほうを見たほうがいい、と。
言われてみれば、当たり前のことです。抜けた毛を数えても、残っている毛がどうなっているかはわからない。見ている場所が、そもそもずれていた。
読んだときは「なるほど」で終わっていました。じゃあ具体的に何をどう見るのか、そこまでは考えていなかったんです。
その意味が、あとになって少しずつわかってきました。
乾かすときに気づいた
変化に気づくのは、決まって髪を乾かしているときです。
そもそも、乾かすこと自体が苦手だった時期があります。ドライヤーの風で髪が分かれると地肌が見えるので、なるべく手早く済ませたかった。
ドライヤーをかけていると、指に髪が当たります。そのときの手ざわりというか、押し返してくる感じというか。あれが、以前と違う気がするんです。
昔は、乾かしてもぺたっとしたままでした。風を当てても立ち上がらない。指を通しても、頼りなくすり抜けていく感覚がありました。
今は、心なしか、しっかりしている気がします。
「気がする」としか書けません。測ったわけでもないし、比べる基準もないので。ただ、毎日やっている動作の中で感じることなので、たぶん気のせいだけではないのかなと思っています。
鏡を見ても、たぶんわかりません。写真でも難しい。手でさわっているときにだけ、なんとなくわかる。そういう種類の変化です。
見た目より先に、手のほうが気づく。そういうこともあるんだなと思いました。
M字と生え際の産毛
もうひとつ気づいたのが、生え際です。
M字のところと、その周りの産毛。あれが、以前よりしっかりしてきた気がします。
前は、あるにはあるけど、ふわふわした細い毛でした。明るいところで見ると、頼りなく光っているだけ。数には入らないような毛です。
それが、少し太くなった気がする。長さも出てきた気がする。
ここも「気がする」です。産毛って、日によって見え方が変わります。光の当たり方、乾き具合、その日の気分。だから断定はできません。
昨日は見えたのに今日は見えない、ということも普通にあります。そのたびに一喜一憂していたら、これも本数を数えていた頃と同じになってしまう。
ただ、生え際は毎日いちばん近くで見ている場所なので、多少の変化には気づきやすいのかなと思っています。
産毛を見るようになったのは、本数を数えるのをやめてからです。数えるのをやめたぶん、見る場所が変わったのかもしれません。
それでも、抜ける時期は凹む
いいことばかり書いてもしょうがないので、こっちも書いておきます。
抜ける時期が来ると、ものすごく抜けます。
数ヶ月に一度、そういう波があります(抜ける量の波を調べた記録)。前に調べて、毛のサイクルの都合でそうなることもあると知りました。理屈はわかっている。
わかっていても、凹みます。
排水口を見て「うわ」となる。手ぐしを通して、指についた毛の量にぎょっとする。あの瞬間だけは、質がどうとか言っていられません。
長年やっていても、ここは変わりませんでした。慣れるかと思っていたけど、慣れない。
理屈を知っていることと、その場で平気でいられることは、別なんだなと思います。知識は、あとから効いてくるだけで。
ただ、ひとつだけ違うのは、そういう時期でも髪が細いとは感じないことです。
抜ける量は増える。でも、残っている髪の手ざわりが変わったとは思わない。量と質は、どうも別の動き方をするみたいです。

そう思えるようになってから、波が来ても前ほど長く引きずらなくなりました。凹むけど、翌日には戻る。それくらいの距離感です。
美容師さんに「全然気づかない」と言われた
2ヶ月に1回、同じ美容室に通っています。担当の人も薄毛で、髪の話が普通にできる相手です(担当が薄毛の人だという記録)。
その人には、僕が治療していることを話してあります。飲んでいる薬の種類も、塗るものと飲むものを併用していることも、そのまま伝えてあります。隠す理由がないので。
同じ立場の人なので、話していて気をつかわなくて済むのも大きいです。専門用語をいちいち説明しなくていい。
あるとき、言われました。
「全然気づかないよ」
僕の頭を、2ヶ月おきにいろんな角度から見ている人の言葉です。しかも自分も当事者なので、見る目は厳しいはずで。
これは、髪が増えたという話ではありません。プロが見て、そこまで目立つ状態ではない、ということだと受け取っています。
自分では毎日見ているぶん、良くも悪くも見え方が偏ります。悪い日は悪く見えるし、いい日はよく見える。その振れ幅が、自分ではわからない。
だから、たまに見る人の言葉のほうが正確なことがある。
こういう相手が身近にいるのは、運がいいなと思っています。誰にでもできる方法ではないので、そこは書いておきます。
ひとつ、書いておきたいことがあります。
数えるのをやめよう、と決めたわけではないんです。意志でどうこうした覚えがない。
いつからか状態が落ち着いてきて、気持ちが少し楽になった。そうしたら、いつのまにか数えなくなっていました。意識して変えたというより、結果的にそうなった、という感じです。
だから、これを人に勧められるかというと、微妙なところで。「数えるのをやめれば楽になる」ではなく、「楽になったから数えなくなった」なのかもしれません。順番が逆な気がします。
量より質を見るようになった
量を見なくなったわけではありません。排水口は今も目に入るし、多い日は多いなと思います。やめたのは、数えることだけで。
そのうえで、代わりに何を見ているか。並べておきます。
僕がやっていることなので、これが正解というつもりはありません。参考程度に読んでもらえたらと思います。
| 見るところ | いつ | 何を見るか |
|---|---|---|
| 乾かすとき | ドライヤーの最中 | 立ち上がるか。指を通したときの手ざわり |
| 生え際・M字 | 明るい場所で | 産毛があるか。細いままか、少し太いか |
| セットの効き方 | 朝 | 同じ量で決まるか。持ちはどうか |
| 抜けた毛 | 数えずに、見るだけ | 細い毛ばかりになっていないか |
| 写真 | 月に1回 | 前の月と比べてどうか |
毎日ぜんぶ見ているわけではありません。乾かすときの手ざわりは毎日、生え際は気が向いたとき、写真は月に1回。それくらいの頻度です。
どれも数字にはなりません。全部「気がする」の世界です。
でも、本数を数えていたころより、気持ちは落ち着いています。数字だと、増えた減ったで一喜一憂してしまうので。
抜けた毛を見るのも、数えるためではなくなりました。細い毛ばかりになっていないか、それだけ確認して終わりにしています。
これも、じっくり見るわけではありません。流すついでに、目に入った範囲で。それ以上やると、また数え始めてしまうので。

